追憶 TAIJI没後10年

Taiji
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TAIJIこと沢田泰司が2011年7月17日に亡くなってから、10年が経過した。今の人から見たらピンとこないかもしれないが、元X(現在のX JAPAN)のベーシストといえば、おわかりいただけただろうか。

どんなイメージを持っているのだろう。かっこいい。ベースがうまい。やんちゃ。それらも正しいと思う。でも、それ以外にももっとあったと思ってやまない。それを少しでも知っている人が増えてくれたらいいなと思った。

10年経った今ふたたび彼のことを書いてみたい。

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年表

1966年7月12日 千葉県市川市に誕生。

1982年 TRASHを結成。当時はギターで参加。

1984年 DEMENTIAにサポートベースとして加入。のちに正式加入。

1985年6月 PROWLERに加入するが、3ヶ月で脱退。

1985年10月 X(第4期)に加入。12月には脱退。FATIMAを結成。

1986年秋 X(第8期)に再加入。

1989年4月21日 Xの”BLUE BLOOD”でメジャーデビュー。

1992年1月31日 Xから脱退。

1992年4月 LOUDNESS(第3期)に正式加入。

1993年11月 LOUDNESSから脱退。

1994年7月1日 自身のバンドD.T.Rが”DIRTY TRASHROAD”でメジャーデビュー。

1995年7月6日 この日のライブ後D.T.Rは活動休止。

1995年11月1日 KINGSの”KINGS”を発表。

1998年9月19日 樋口宗孝プロデュースの”COZY POWELL FOREVER”に1曲参加。

1999年春 ShuとCLOUDNINEを結成。

2000年4月20日 自叙伝”伝説のバンド「X」の生と死~宇宙を翔ける友へ~TAIJI”を発表。

2000年12月20日 写真集”TAIJI復活PHOTOGRAPH”を発表。

2001年4月27日 CLOUDNINEを脱退。

2002年12月28日 音風としてライブを行う。

2006年5月14日 TAIJI with HEAVEN’Sとしてライブを行う。

2007年8月7日 D.T.R再始動後の初シングル”WISDOM / LUCIFER”を発表。

2007年10月 CLOUDNINEに期間限定で復帰。

2008年7月23日 TATSUとともに音楽監督を務めた映画”ATTITUDE”のサウンドトラックが発売。

2009年6月27日 THE KILLING RED ADDICTIONとしてロサンゼルスでライブを行う。

2009年11月5日 D.T.R解散。新生D.T.RをギターのTOMOと始動。

2010年4月24日 TS PROJECT(のちのTSP)としてライブを行う。

2011年7月17日 逝去。

赤塚氏の書籍よりバンド結成、デビューアルバム、解散にかかわる項目のみ抜粋して掲載。

バンド歴

TRASH→DEMENTIA→PROWLER→X(第4期)→FATIMA→X(第8期、メジャーデビュー)→LOUDNESS(第3期)→D.T.R→CLOUDNINE→音風、TAIJI with HEAVEN’S、D.T.R、THE KILLING RED ADDICTION、TSP(晩年は複数のバンド掛け持ちしていた)

ディスコグラフィー

TAIJI Official Web Site

オフィシャルサイトにあるので、割愛。

振り返り

行動事実:1つのバンドで長続きしなかった。

メジャーデビュー後だけでも、Xで約3年、LOUDNESSで1年半、D.T.Rで1年であった。計算方法は加入してメジャーでのアルバム発売後から脱退・休止するまで。渡り鳥のようであった。似たような経歴をドラムのコージー・パウエルが持っていた。RAINBOWで4年、MICHAEL SCHENKER GROUPで1年、WHITESNAKEで2年、BLACK SABBATHで3年と2年(一度脱退し、再度加入した)、YNGWIE MALMSTEENで1年と有名なバンドを転々とした。TAIJIがコージー・パウエルのトリビュートアルバムに参加したのも奇妙な縁である。くしくもコージー・パウエルは自動車事故のため50歳で亡くなったが、TAIJIが45歳で亡くなっており、若くして亡くなった点も共通している。

なぜ1つのバンドで長続きしなかったのか。XではYOSHIKI自伝によればTAIJIが約束を守らなかったため解雇された。TAIJI自伝ではYOSHIKIに印税を5等分してほしいと主張したことに疎ましく思われたためではないかと書いていた。LOUDNESSではTAIJI自伝によれば兄貴たちのトラブルに巻き込まれて脱退した。D.T.RではTAIJI自伝によればプライベートでも仕事でもあらゆる問題が一気にきてすべてを失ったため休止となった。つまり、D.T.Rでの問題がTAIJI起因でないとしたら、3件中2件は他責である。X脱退の件も、Xを思うあまり誰も言わないことを進んで発言していたと思うので、自責というにはTAIJIが浮かばれない気がする。大暴れのロック少年というイメージのTAIJIであるが、バンドを転々とした理由は決してTAIJIの責任ではなく、その半分以上はTAIJI以外の問題に巻き込まれた形であった。

行動事実:ベースだけでなく、ギターや歌、作詞・作曲・編曲までマルチに才能を発揮した。

Xでベースの”Give Me The Pleasure”などでのスラップ、”Rose Of Pain”でのタッピングがあった。また”Dear Loser”や”Voiceless Screaming”などの作曲、”Voiceless Screaming”ではギターを披露した。音風では歌詞を書いて、自身でボーカルを取った。激しい曲も作って演奏するし、静かできれいな曲も作って演奏した。

才能に恵まれ、感性豊かであったと思われる。ベーシストだけでなく、音楽を通じて表現するアーティストのような存在であった。

行動事実:波乱万丈の人生を送る。どん底から復活してきた。

TAIJI自伝によれば、D.T.R休止後の1996年から2年間は離婚して、帰る家を失った。見知らぬ男に角材で殴られ、顎が動かない、前歯が4本ない状態になったという。赤塚氏の書籍によれば2005年にバイク事故で足の靱帯を切断した。TAIJIブログや赤塚氏の書籍によれば2007年1月には左人工股関節全置換術を受けた。赤塚氏の書籍によれば、2008年9月に持病のてんかん、脳梗塞が悪化。左足大腿骨頭壊死によって人工股関節が外れ緊急手術。以上が身体的なもの。さらに、赤塚氏の書籍によれば30代のころにナルコレプシーに、晩年は境界性パーソナリティ障害、解離性同一症の診断を受けていたという。これらが精神的なもの。

多才なTAIJIであるが、病気に苦しめられていた。それでも、あきらめずに立ち向かい、そのつどステージの上に帰ってきた。X時代からベースに不死鳥が描かれていた。X脱退後から波乱万丈の人生を送った。ベースに刻まれた不死鳥は伊達じゃない。病気から復活し続けた。ブログでも「Never Say Can’t」とつづっていた。まさにそれを体現した人生であったと思う。

あとがき~管理人が見てきたTAIJI

記憶が美化されて事実から外れてしまわないように、なるべく書籍やTAIJIブログに基づいて記すように心がけた。管理人がTAIJIのライブに初めて参加したのは2005年であった。バイク事故の影響で、車いす姿だった。音風が空中分解気味で、TAIJIがどうしているかわからない時期だった。ミュージシャン仲間でベースのNAOTOが企画してくれたイベントだった。

そこから2006年はTAIJI with HEAVEN’Sを結成したり、TAIJIのオフィシャルサイトが誕生したり盛り上がっていった。その反面、病気や手術があった。

D.T.Rの再結成があって、2007年には音源も発表された。ライブでボーカルの竹内光雄は「D.T.R解散前は英語歌詞で世界を目指していたが、現在では日本語歌詞のバンドも世界的に認知されるようになった、次は俺たちだ」というニュアンスの話をしていた記憶がある。そのようになってほしいと思っていたが、バンドの情報は途中から途絶えてしまった。

CLOUDNINEに限定復活し、ライブや音源発表を行った。

映画の音楽監督も務めた。その裏で、病気にも苦しめられた。2010年はTAIJI with HEAVEN’Sでアルバムを出してライブを行い、のちのTSPとなるTS PROJECTを結成しライブを行った。近年ではまれにみる精力的に活動した1年で、この状態が長く続くことを祈っていたが。

2011年の3月の震災後にバンド活動が一切なくなり、7月に逝去した。亡くなる直前のことはここでは書かない。赤塚氏の書籍やTAIJI with HEAVEN’S のボーカルDAIのブログを参照されたい。DAIのブログは亡くなる直前のことだけでなく、DAIがTAIJIとYOSHIKIにデモテープを送ってTAIJIに呼ばれて名古屋から出てきた話があり、興味深い内容となっている。DAIの声にほれ込み、バンドを組んでCDを出すまでのTAIJIの行動がうかがえる。

管理人は2014年のお盆にTAIJIとhideのお墓参りに行った。hideのお墓は大きく、すぐ前にも誰かが来たとわかる状態であった。一方のTAIJIのほうはひっそりとしており、あまり人が来ていないようであった。それでよいと思う。病気から解放され、彼に平穏が訪れていることを切に願う。

写真はhideのお墓参りのあとで。TAIJIやDAIのブログに二人で撮影した写真があったが、たぶんこの海岸なのだろうな。そんなことを思いながら撮影した。

出典

TAIJI自伝:TAIJI著『伝説のバンド「X」の生と死―宇宙を翔ける友へ』徳間書店 2000年4月

赤塚氏の書籍:赤塚友美著『TAIJI -沢田泰司-』宝島社 2015年7月

DAI-Blog TAIJI with HEAVENS
t-blog

Xの名盤”Jealousy”はちょうど30年前の1991年7月1日にリリースされた。TAIJI作曲の”Desperate Angel”と”Voiceless Screaming”が収録されている。この機会にTAIJIという観点で聞き直してもらえたら、幸いである。


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